2008/03/05

『下流志向 学ばない子どもたち働かない若者たち』内田樹

ISBN:978-4-06-213827-7 講談社 2007年



☆☆☆



2005年に行った講演をもとに書き起こしたもの。現代の子ども、若者たちの学習意欲が低い、やる気の低下、わからないことを放置すること、ニート、などについて語っている。



「なぜか?」にコレだ!というひとつの回答があるわけではないけど、こういう見方があると考えさせてくれるヒントになりました。



全身を使ってだるそうにしている学生を見て、つい授業を聞いてしまうことを一生懸命我慢して、拒否しているのには、逆に相当の意思がなければできないのではないか、という切り口は新鮮。そうとも言える。
だらだらと45分間を過ごすより、つい教師の話を聞いちゃったほうが楽じゃないのか?という論理です。



自分のまわりの学力低下は結果として大学入試のレベルを下げることになるなら、(無意識かもしれないけど)歓迎しているのかもしれない、と。団塊ジュニアにはありえない考え方だ。何だか、世代間ギャップを激しく感じる話でした。



小学校に入ったばかりの子が「それは何の役に立つのか?」と教師にたずね、絶句してしまう、というのも面白い。そうそう、高校生のころは「数学なんて役に立つのか?」って思ってたな・・・



内田先生によれば、まず尋ねている小学生は、自分が経験し、あるいは想像できる範囲でしか「役に立つ」を把握できない。けれど、教育の成果というのは学び終えて振り返ってはじめて見えてくるものであって、学ぶ前のモノには何であるか、は決して理解できないものである、という。



確かに! ふふ、それに、役に立たないものこそ高尚だという話も(私のような国文科卒の大義名分。役に立たないって素敵!) 
考えることとは何か?を考える、数学を学ぶとは何を解明しようとしている作業なのか? 経済とは私にとって何か?



経済目線で、人間関係も自分も捉えている。という。お金を持っていれば偉いし、なければ敗者であり。弱き者は、市場から去り、孤独に死ぬしかないのか・・・?



自己責任、とは若く元気な者ならば無理なくできることであろう。しかし、人は誰でも年をとるし、怪我もするし、病気もする。100%じゃなくなって、それをすべて個人で引き受ける社会が成熟した社会と言えるのだろうか? 体力がある者が率先して、助けるべきではないのか?



自分がまだ若い、と思って読むとズキっと来ます。



 



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