2008/05/23

『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』香山リカ

ISBN:4-344-98003-4 2006年 幻冬舎(幻冬舎新書4)



☆☆



ハマる、ハマらないかは個別すぎてタイトル先行だった。



香山さんは、これが本当だともいんちきだとも言うわけではなく、スピリチュアルブームについて、どういう社会、どういう流れがあって、かつ、どのような人々がスピリチュアル的なものを肯定して いるのか?との考察をしています。



なかでも人気の江原啓之氏については多く言及しています。 拝み屋だの、霊媒師だのといわれると拒否反応があっても、「スピリチュアル・カウンセラー」というとマイルドに。



精神医学では、コドモがある時期、ぶいぐるみとかタオルなどに執着するのを「移行対象」と言って、そしてオトナになってもぬいぐるみに愛着を持つのは、この守られていたいという願望の表れだと考えるそうです。
で、江原氏がまさに「トトロ」のように、丸くて優しくて、中性的なイメージなのも、受け入れられやすい要因になっていると。



彼はそんな柔らかな物腰で恋愛や人生相談をしているが、それは本当にしたいことへの布石というか、表向き、宣伝活動らしい。
本当は、物欲にからんだ話ではなく、魂の話からそれをより良き社会するために、おのおのどうすればいいのか、という話をしたいのだという。へえ。



しかし、江原ファンだという(多くは女性)ほとんどは、江原氏の社会的発言はスルーで、「私の恋愛どうなるの?」「私が幸せになるにはどうしたら?」といつまでも聞き続けているとの指摘です。



で、香山さんの筆は、内的世界「私」の幸せだけを願う人々とは?という考察へと流れます。



自我が脆弱になっている(らしいです)ところへ、それはあなたのせいじゃなく、前世の問題だ、とか、起こっていることすべてがあなたのための出来事だ、とか言われるとツライことに耐えなくても良いと思え、それが気持ちいいからスピリチュアルなものが広く受け入れられている土壌なのだということでした。



そんなに自分本位なのか、いまは! 反省しておきたい点です。



オウムの反動で、一時はこういうものは排除された感じでしたが、最近は疑うものとしてじゃなく、見えないものを受け入れることこそ評価される態度だという風潮です。科学で証明されないから、ないものだということもできないだろう、と。



科学者が世界をどれだけ見つけたのか・・・? 私はまだほんの少しだろうと(無責任に)想像しているので、もしかしたら霊だのオーラだのを数字で計ることができるようになるかもしれません。というか、科学的なモノサシではないモノサシが登場して、世界の見方を変える日が来るかもしれません。



と、思っているとちょっと楽しい。







『本日、東京ロマンチカ』中野翠

ISBN:978-4620318448  2007年 毎日新聞社



☆☆☆



サンデー毎日掲載の「満月雑記帳」1年分をまとめたもの。



枯れた感じを好みつつ、毒気のあるものも好き、といういつものバランスが全体にある。



読みなれている作者のものだと、思ったとおりの方向に話がいったり、怒るポイントがそうそう、と確認できたり。前よりも、徐々に、怒らなくなってるような気がします。怒ってても、キイーッって感じじゃないのね。



意外性はないが、中野翠目線になりたいときにささっと読むと楽しい。一年の出来事を振り返るにも良い。





2008/05/18

『猫島ハウスの騒動』若竹七海

ISBN:4-334-07635-1 2006年 光文社



☆☆☆



久しぶりの若竹七海。葉崎市シリーズ、探偵・葉村晶シリーズともども大好きな作家のひとり。



これは葉崎市シリーズ、に近い。



舞台は葉崎市の離れ小島、通称「猫島」。入り江に「お腹をナイフで突き刺された猫のぬいぐるみ」が置かれているのを発見したところから、台風接近中の猫島に様々な事件勃発。そして、それらの大小の事件はどんな関連があるのか? 



殺人事件が起こるけど明るく楽しく謎解きが進みます。
随分前に読んだ葉崎シリーズの2冊『ヴィラ・マグノリアの殺人 (光文社文庫)』『古書店アゼリアの死体 (光文社文庫)』も読み直したくなりました。



明るい雰囲気にまぎれて、実はけっこう毒舌なのが若竹七海の持ち味だと思うのですが、今回はそれほど毒はなし。ほのぼのでもないけど、主人公らしき高校生の女の子、その祖母と友人のおばちゃまたちが元気なのが、スカッとします。



猫が活躍する点については、うーん、どうだろう、これ。事件が大きく展開するところで大勢の猫が活躍しますが、それって誰かが(猫か?!)がそれ!と命令したのか、あるいは人間の思惑と無関係にただ動いたのかがはっきりしない。



頭脳明晰な探偵猫が活躍してもいいし、何も考えてないただの猫なのに結果的に解決になった、でもいいのですが、どっちつかずのくせに大活躍してるのが腑に落ちないのでした。







2008/05/06

『52%調子のいい旅』宮田珠己

ISBN:4-947702-50-5 旅行人 2003年



☆☆☆



「ゴージャスなミックスパーマにしましょう」の一文で、笑い転げた。←日本ブームの台湾でみつけた、今どきの日本語をマスターするための本の例文。これは読んでみてほしい~



まるで一般的な旅行記(●日、何をした、何を食べた・・・など)とは違う話の進み方で、全然実用的ではないけれど、何だか楽しい。旅の話と思わせておいて、サラリーマン時代の話になってたり、どこに着地するのかわからなくて漂々としてます。



どこまで本気なのかわからないテンポの良い文章で、楽しかったー。



ジェットコースターに乗りまくるだけのツアー『ジェットコースターにもほどがある』や、巨大仏を見て歩く旅『晴れた日は巨大仏を見にもしているようなので、また読んでみたいと思います。





2008/05/04

『若者殺しの時代』堀井憲一郎

ISBN:4-06-149837-1



☆☆



「若者殺しの時代」というやや過激なタイトルのために、最終的に強引につじつまを合わせてきた感があります。が、さらっと読んで、ふふっと笑って、たまに考える材料にも出来ます。80年代に若者(だいたい20歳前後だと思いますが)だった方はとても懐かしく、すぐ上や下(それは私の世代)も懐かしく思い出せそう。



タイトルに大して意味はないです。80年代的な若者が殺されてなかったわけじゃないし、若いから得するほうがおかしいでしょう。



まえがきに「若者であることは得なのか、損なのか」と。
団塊ジュニア世代の私の感想は、どちらにも当てはまる、です。若いからって得した覚えはないし、年齢のせいで損したっていうより、なにせ不況だった・・・
しかし、青春を80年代で過ごした堀井さんたちは「得だ」と感じながら過ごしたらしい。そうでしょう、そうでしょう。バカかと思うくらい軽く軽く。そんな風に見えてました。



クリスマスが恋人たちのものになった(商業的に)のはいつか? 
クリスマスがお正月より大事になったのはいつか?(これに関しては、『普通の家族がいちばん怖い―徹底調査!破滅する日本の食卓』でも触れてるので、オススメ)
テレビドラマ、東京ラブストーリーの赤名リカが破壊したものとは?



↑これは、男女論とも取れる視点。恋愛の主導権が女の子に移っていった過程が見えます。あ、フェミ論ではない。



サブカルチャー、マンガの捉え方の世代間の違い。
「一杯のかけそば」の捉え方の世代間の違い。



↑こちらは、戦後世代vs.戦中世代、と、戦後すぐ世代vs.現在の若者、の捉え方の違いを見つけてます。
「一杯のかけそば」で貧しかった兄弟は、オトナになったら「医者と弁護士」になってたんですねー。覚えてましたか? ほんと笑えるなぁ ものすごく昭和な出世イメージだったのですね。厭らしいわー。



1番びっくりだったのは、ここ10年くらいの大学生は大学の単位取得を「来た」と表現するとありまして。「キター!」って織田裕二? これはホントなのか? 単位は取るもので、どこかからやってくるものじゃないと思うんですけど。今もそうなのか気になります。



若者たちの上の世代がオトナにならないので、今の若者たちがオトナに対しての「若者」になれず、押さえ込まれてるというのが主張でした。それはそうですね。
経済も発展しないことだし、こうなったらこの社会のしくみから逃げてもいいのだとも。うーん、それは無責任な。
職人的スキルを身につけるなどして、生きていくと良いともありました。なるべく一般社会に関わらずに、しかし働くとなるとそういう選択肢もありそうですが・・・ 



別にいまの「若者」にこうしたら?なんて指南しなくてもさそうな本文だったのに、不思議なまとめでした。
あと、文体が村上春樹風なのが妙におかしいです。わざとハルキ風にしたみたいですね。





2008/05/02

『嵐が丘』エミリー・ブロンテ

ISBN:978-4102097045



☆☆☆☆ (☆4つは、オリジナルの魅力に対して)



新訳だというので、読んでみた。すらすら読めるような気がしつつ、ところどころ「??」。



あまりに登場人物たちのセリフがリズミカルに、矢継ぎ早に繰り出されているので、読み進めちゃうのですが、意味が掴みにくいところも多々ありました。原文を読んではいないので、もともとなのか、訳者の鴻巣友希子さんの特徴なのかは、定かではありませんが、おそらく訳者の力量かと・・・思います。



ヨークシャー訛りを出そうとされたのは、評価したいと思います。罵詈雑言の応酬は楽しく読みました。ほとんどの登場人物たちは、常にののしりあっているので、それが楽しいのは良いです。



それにしても、大昔に読んだはずか、ものすごい断片的なイメージでしか覚えてなくて驚きました。ヒースクリフが風がごうごうと吹き込んでいるキャサリンの居た部屋で、亡き彼女の名前を連呼している場面(怖かった)と、ヒースクリフが苛められてる場面。



それだけかよ! ・・・お陰で、まるで初めて読むような気持ちで感激して読みました。



読み終わって振り返ると、恋愛小説だとは到底思えない。確かに恋愛ではあるけれど、そんなロマンスじゃなくて、もっと人間の根本を見極めたいという欲求があると思います。
人が、どうやって自分で自分を認めるのかという問題とか、「自己」って何?とか、そういう問題を愛情と憎しみを糧に描こうとしているのではと思いました。



ヒースクリフ、という苗字をもたない肌の朝黒い拾われっ子の一代記でもあり・・・。ヒースクリフの実の子が早世してしまうというのも、意味深だー血のつながらない血のつながりでなく、魂のつながりこそ、強い絆になるということ? ヘアトンのことは憎からず、教育を与えなかったけどそこそこ良くしてやってたし。



拾ってきたリントン氏と本当の絆は築けなかったことが、ヒースクリフの激しい暴力的な愛情表現の底にありそう。
無償の愛を受け取りたかったのに、そしてそれはキャサリンが与えてくれると思っていたのに、彼女がアーンショウのやさおとこと結婚を決めてしまったことで、がらがらと崩れていったに違いない。
ヒンドリー(キャサリンの兄)から受ける虐待への復讐なんかは、キャサリンに捨てられた苦しみからみたら大したことではないかのようです。



※ナタリー・ポートマン主演で映画化(リメイクとか・・・)も予定されてます。