ISBN:978-4-309-20476-5 河出書房新社 2007年
Wendy Moore:
The Knife Man,The Extraordinary Life and Times of John Hunter,Father of Modern Surgery (2005)
☆☆☆☆☆
奇人まみれの英国でも、群を抜いた奇人! ーー『ドリトル先生』や 『ジキル博士とハイド氏』のモデルとも言われる18世紀の「近代外科医学の父」ジョン・ハンター。彼の知られざる生涯を初めて描いた驚嘆の伝記。膨大な標本、世界初の自然史博物館、有名人の手術、ダーウィンより70年も前に
見抜いた進化論......。解説は山形浩生氏ーー「このジョン・ハンターはまぎれもなく、イギリスの誇る畸人の伝統を脈々とうけつぐ人物であり、その影響は医学の世界をはるかに凌駕している......かれの畸人ぶりは群をぬいており、それが証拠にかれは当時、そしてその後の小説などに多くのモデルを提供している。本書を抜群におもしろくしているのは、そうしたかれの畸人的なエピソード群のためであり、そしてそれが現代のぼくたちにつきつける問いかけのためだ」。 Amazon.co.jpより
とてもとても興味深く、面白く、読みやすく。読んでいる間、全く知らなかったことを知る楽しみに満ちてました。何がしかの世界の基礎を作る人って、当時は「行っちゃってる人」ですね。一歩間違えばマッドサイエンティストなジョン・ハンターの生涯です。
科学モノですが、解剖学そのものではなく、ハンターの生きた時代性とハンターの情熱、取り巻く友人や弟子に話題が絞られていたので、専門的すぎなくて素人にこそ伝わる内容だとも言えます。
タイトルの「数奇な」と表紙の胎児の解剖図でインパクトがありますが、内容は猟奇モノじゃありません。
■18世紀のイギリス、ロンドン。消毒薬も、麻酔薬もまだない時代の外科医とはー。
瀉血(血を抜く)、吐かせる、浣腸する。古代ギリシャ時代から大して変わらぬ根拠のない治療を行っていたという。ただ患者をいたずらに衰弱させて死を早めるだけの「治療」しかなかったのでした。
また、社会的地位も高いわけでなく、さらに実際に執刀するのを床屋(スウィーニー・トッドみたいな?)にさせたりすることも多かったそう。
それを、膨大な数の死体と患者を相手に、観察して記録し、実験し、そして仮説を立てて実践・・・また観察、を繰り返すという、今なら当たり前の科学的態度で、時代の最先端を駆け抜けた男:ジョン・ハンターの生涯をターニング・ポイントになった発見や事件、出来事ごとに辿ります。
■当時はまだ検体制度もない時代であり、かつ肉体をばらばらにされることへの恐怖もあって、外科医は死体をおおっぴらに入手できません。そこで、彼ら外科医は墓場を掘り返したり、病院でなくなった身寄りのない患者をこっそり手に入れたという。
ハンターは、訛りも強く、論文を書くことは苦手だったそう。
墓場荒らしもしたわけですが、それは身体のしくみを正しく学ぶためには、本でなく、実物を見ること、自ら考えることをいつも説いていたから。
このように先進的な考えをもった医学を学びたい人々は情熱的で的確なハンターを慕って集まるように。一方、旧来の医学の伝統や自分の地位に固執する人々からは攻撃対象になりました。味方も敵もたくさんです。
天然痘ワクチンを開発したジェンナーは、ハンターの愛弟子のひとりで、師の姿勢をしっかり受け継ぎ、常識と思われているものに対しても、自分自身の観察と論理的思考をもって取り組んだのでした。
■ところで、当時はまだ検体制度もない時代であり、かつ肉体をばらばらにされることへの恐怖もあって、外科医は死体をおおっぴらに入手できません。 そこで、彼ら外科医は墓場を掘り返したり、病院でなくなった身寄りのない患者をこっそり手に入れたといいます。
夜な夜な死体を解剖し、標本をつくり、ガラス瓶にコレクション。コレだけ聞くと非常に恐ろしい話ですが、ハンターは人体、というよりも自然のあらゆることに興味を抱いて「なぜだ?」を問い続けたのでした。
その結果、ダーウィンが『種の起源』を発表する70年ほど前に、人類の祖先はアフリカの黒人であろう、という結論に至り、生物は常に奇形をうむ用意があること、そこから「進化」の概念も確信していたとのこと。すごい観察力と理論。 あまりに進みすぎていた生物、自然界への観察と仮説のかなりの正確さに驚愕しました。
ダーウィンよりも先んじてあの結果に至っただなんて、知らなかった。すでに動物への移植手術も実験していたなんて、さらに驚きです。
■イギリス、グラスゴーにあるハンテリアン博物館(http://www.hunterian.gla.ac.uk/)には、ハンターの業績の一部、1万4千点にのぼるすさまじい量の標本、剥製のうち現在状態が良い3千点ほどが保存されているとのこと。
興味あります、見てみたいなぁ(ちょっとコワイですけど)
■図版がもう少し多かったら、視覚的にもさらによく理解できたと思います。